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千利休。自分を十字架に、精一杯のおもてなし
仏壇は仏様とのお茶席
神棚は神様とのお茶会
故人や神様、仏様は生きている人と同じ存在で敬う
お抹茶の種類は沢山あるけれど…、
美味しい産地と時期と季節に合わせて選ぶ先生。
一年中同じのを使うのも気を配る先生次第
もてなす側の先生に当たる親や自分が、使うメーカーや商品を選ぶ。
美味しいのを飲んで貰いたいと心を込めてお抹茶を立てるのは…
ゆっくり箱からお線香を取り出し季節や体調でその日に合ったのを選び、蝋燭にもそっと火を点すようなもの。
住職がお経を読む時は、それに相応しいお茶席をしつらえるようなもの。
御先祖様と自分は同じ状態
守護霊みたいなもの。
疲れている時は甘い香りを
浮わついている時は静かにゆっくり沈める沈香
迷いの時はほっと安心する白檀で穏やかに
先に供えて気をお下がりで中道に整える。
もてなす人は先生。
先生の選んだ線香で御先祖様が変わり自分が変わる。
神様もお香を捧げれば、神様も居心地よく精神を整える。
お茶の先生は自分の都合で早く終えたりはしない。
慈と悲と喜と捨の四つの心で接する。
多くの人々のために幸福と楽しみを与えることは、大きな慈しみ。
多くの人びとのために、苦しみと悲しみをなくすことが大きな悲。
多くの人々に歓喜の心をもって向かうのが喜。
すべてのものに対して平等で、分け隔てをしないのが大きな捨。
その時先生は、自らの利を休み貪りと怒りと苦しみと愛憎の心はない。
形ではないとお茶もお線香もいわれ、流れを上手く合わせてお互いに仲良く楽しめる空間を先生は注意を行き渡らせ作り設ける
御先祖様も仏様も生きていて目の前でお茶会を満喫している
。
仏壇から下がる時は、お見送りしてお供えを片付ける。
先生が茶室にお菓子と抹茶とお客様をおいて接客を離れる事はないように、仏壇から離れる時は見送りしてからお供えを下げる…
すぐに離れたり、おいて置くだけなら形だけで精神はない。
お寺さんがお経を早く読んでしまう場合は施主の選んだ香りが陽気で浮いた香りの場合もある
。
お経やお茶を御先祖様がゆっくり頂くには和風の空間(香り、部屋)が全体的に好ましい。
お心遣いで飾りつけを準備するのは…
それはお奉りする場所を飾るようなもの。
主が用意して指導する。
国も、会社も、家庭でも主人が奉りを用意して管理すると良い。
神、男、女。神は自分に似せて人を作り動物たちを管理させることにした。
家庭で奉りを行わない家庭では、主を崇めず、自らが主になる場合が多い。
それは主なる父が信仰していても習慣で意味も解らず、般若を理解する知恵がない指導者が多い。父の主、社寺が父と接する機会がなく指導出来ていない場合が多い。
おばあさんが一人もてなす事になり、子供には回らず主は自分。
気だけ救われる習慣。如来は奉り、菩薩は奉りを演出する人。
先生は下からの目線で注意をゆき届かせ、相手をお迎えしてお楽しみ頂く準備をする。
身嗜みを整え動作も整える。
時間や様々な美味しく頂いて貰うもてなしは、無財の七施や六波羅蜜になる。酸っぱい顔は周りは不快。
相手が楽しく美味しく頂けるように
自らの体調も整えておかないと、優しい眼差しと柔和な笑顔と思いやりのこもった温かい言葉がなく、引き攣った表情、強張った笑顔ではゆっくり神様、仏様、御先祖様にお楽しみ頂けない。
ひとまず求める自らの利は休み、自分を整え精一杯に気を配り他に利をもてなす。
自らの都合で時間を切り詰めず、自分の都合で短くとか危ないとか煙たいとかはいわず、疲れていても表情一つ変えず相手が美味しく頂けるよう柔和に接する。
1番はお客様の神様や仏様にお召し上がり頂き、皆さんをお見送りしたあとお下がりを頂く
御先祖さまの威厳を褒め讃え、今がある感謝の心で礼を尽くし美味しいお茶を入れ飲んで頂く
簡単な喫茶店では中々見ることが出来ない、上質おもてなしの家庭
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